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東京地方裁判所 平成5年(ワ)23245号 判決 1997年1月28日

原告

株式会社加山企画

右代表者代表取締役

小川弘行

右訴訟代理人弁護士

横山康博

安部井上

右訴訟復代理人弁護士

川上詩朗

被告

山西郁臣

右訴訟代理人弁護士

髙橋正雄

兼松健雄

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、山西屋食品が振り出した約束手形を取得したという原告が、同社の代表取締役であった被告に対し、(一)融通手形の乱発によって山西屋食品の資金繰りを悪化させて倒産に至らせたこと及び(二)キャビアの安易な転売を見込んで原告取得にかかる約束手形を振り出したことについて、取締役として悪意重過失による忠実義務違反があると主張し、商法二六六条の三に基づき、未決済手形の額面合計金額に相当する六〇〇〇万円の損害賠償金の支払を求めているという事案であり、被告の取締役としての職務執行に悪意重過失があったか否かが中心的争点になっている。

一  (前提となる事実)

1  被告は、株式会社山西屋食品の代表取締役である。

2  株式会社山西屋食品は、平成五年三月四日ころ、北斗化成株式会社(代表取締役長田直)と共同して、石原昭夫から、ロシア産キャビア4910.56キログラムを代金二億円で購入する旨の契約を締結した(以下「本件キャビア売買契約」という(<書証番号省略>))。

3  右本件キャビア売買契約の代金支払のために、石原に対し、北斗化成においては別紙約束手形目録一記載①ないし⑧の各約束手形八通・額面合計一億円を、山西屋食品においては別紙約束手形目録一記載⑨ないし⑯の各約束手形八通・額面合計一億円(以下、山西屋食品の振出手形を「本件各手形」という)を、それぞれ振り出した(以下、山西屋食品の手形振出を「本件各手形振出」という)。

4  原告は、右本件各手形振出直後ころ、石原から、別紙約束手形目録一記載の右各約束手形合計一六通を、原告の石原に対する貸金七〇〇〇万円の支払のために譲り受け、本件各手形上の権利者となった(<証拠省略>)。

5  山西屋食品は、別紙約束手形目録一記載の各約束手形のうち、番号⑨ないし⑫の手形を決済したが、平成五年五月一一日に銀行取引停止処分を受けて倒産し、同年七月九日東京地方裁判所において破産宣告を受けため、同番号⑬ないし⑯の手形四通・額面合計六〇〇〇万円を決済することができなかった。

二  (原告の主張)

1  被告は、脆弱な経営状態であった山西屋食品において、開発事業部長の大西一義をして、場当たり的な資金繰りをさせていた。すなわち、大西は、山西屋食品のほか、北斗化成、株式会社ヒムスジャパン及び株式会社五木産業などの資金繰りを同時に掌握していた立場を利用し、右各会社間で融通手形を振り出し合うことによって資金繰りを行なっていた。

しかし、このような不健全な資金繰りを大西に委ねていた右各社のうち、五木産業の代表取締役金野が平成五年一月に病気で倒れて同社が倒産の危機に直面したため、同社に対して貸付金約三億円を抱えていた北斗化成が経営危機に陥り、北斗化成に融通手形を振り出していた山西屋食品も連鎖的に経営危機に陥った。

そのような状況のなかで、被告は、大西から、「いいキャビアがある。これを山西屋食品と北斗化成とで一億円ずつで買おう。すぐに転売できるので、資金繰りに役立つ。」とキャビアの購入を持ちかけられ、その話に安易に飛び付き、キャビアの転売が実現しない限り手形の支払が不能であり、かつ、そのキャビア転売の具体的な目途が立っていないにもかかわらず、本件各約束手形を振り出した。したがって、被告は、(一)大西による融通手形の振出しを放置し、不健全な経営によって山西屋食品を倒産させ、本件各手形を決済できなくさせた点及び(二)キャビア転売の目途が立たず、手形支払の具体的な見込がないにもかかわらず本件各手形を振り出したという点において、山西屋食品の代表取締役として職務を忠実に行うべき義務に違反し、その義務違反について悪意重過失があったというべきである。

したがって、原告は、被告に対し、商法二六六条の三に基づき、原告が支払を受けられなかった別紙約束手形目録一記載⑬ないし⑯の手形金合計六〇〇〇万円の損害賠償金及びこれに対する平成六年一月九日(訴状送達日の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  (被告の主張)

1  大西が山西屋食品に在籍していたのは僅か一か月程度であり、同人に山西屋食品の財務や経理を担当させた事実はない。

2  被告は、友人であった森本(北斗化成の代表取締役常務)から、「田園調布の自宅を七億円の担保に入れて長田と共同事業をしているが、二〇〇〇万円を貸して欲しい」と懇請されたため、同じ食品販売会社である北斗化成を援助すれば山西屋食品の販路拡張にも役立つと考え、平成四年六月二九日に山西屋食品振出の二〇〇〇万円の手形を交付し、その決済資金として見返り手形を北斗化成から受領した。それが山西屋食品が北斗化成に手形を振り出した始まりであり、それ以後北斗化成から懇請されるまま貸付の趣旨で手形を振り出し続けていたものである。北斗化成振出の手形は、あくまでも貸付に対する返済として受領しただけであって、山西屋食品が自社の資金繰りのために北斗化成振出の融通手形を利用した事実はない。

3  被告は、本件キャビアの輸入関係書類、価値に関する書類や注文書まで示されて本件キャビアを購入し、その転売代金によって本当に本件各手形を決済できるものと過失なく信じていたのであるから、取締役としての忠実義務違反はない。

4  本件キャビアは、時価一〇〇〇万円もしないような著しく廉価なものであったから、本件キャビア売買契約は錯誤無効である。そして、原告は右事情を知っていたから、本件各手形の悪意取得者に該当し、山西屋食品は、右錯誤無効を原告に対抗することができる。よって、原告には損害はない。

第三  争点に対する判断

一  裁判所の認定した事実

(<証拠省略>)

1  山西屋食品の概況

被告は、昭和四五年に父の経営する山西屋(菓子等の製造卸問屋)に勤務したが、平成三年七月(<書証番号省略>)、父の承諾を得て、順調に拡大していた学校給食の食材販売部門を山西屋食品として独立させて、自分がその代表取締役となり、約九名の従業員と二台の冷凍車を使用しながら主に冷凍食品を学校給食用・病院用等として納入する業務を行ない、その本業自体は黒字経営を続けていた。しかしながら、被告は、不動産業に従事する兄の紹介で金融ブローカーの大西一義を知り、同人を山西屋食品の従業員として採用し(<証拠省略>)、平成五年四月二〇日まで同社の財務部長をさせた(証拠判断省略)。

2  北斗化成の概況

他方、北斗化成は、主に食品添加物の製造及び販売を業としており、食品添加物についての独自の技術によって強い競争力を有し、本業自体は黒字経営をしていたが、商品納入先の東京モザイ株式会社に対して一億二〇〇〇万円もの未回収貸付金を抱えるようになり、さらには北斗化成の代表取締役社長長田の大学時代の友人でもあった金野が経営する五木産業株式会社に対しても、資金援助の趣旨で融通手形を振り出し、同社から決済資金の入金を受けられないと新たに融通手形を振り出すという悪循環を繰り返し、資金繰りを悪化させるようになり(<書証番号省略>)、従業員の森本明を代表取締役にすると共に同人の母所有の田園調布の自宅(<書証番号省略>)を担保にして調達した約七億円を森本の母などから借り入れていた。

3  山西屋食品の北斗化成に対する資金融通

平成四年二月、北斗化成の右森本明が、大学時代の友人であった被告に対し、偶然出会あった電車のなかで、「田園調布の自宅を担保に北斗化成に対して約七億円を融資して困っている」旨話したところ、被告は、金融ブローカーで自社の財務部長をしていた大西を森本及び長田に紹介した(<証拠省略>)。

そして、被告は、二〇〇〇万円を貸して欲しいという森本の再三の懇請を受け、同じ食品販売会社である北斗化成を援助すれば山西屋食品に販路拡張にも役立つかもしれないとも考え、平成四年六月二九日、額面合計二〇〇〇万円の融通手形を北斗化成宛に振り出し、その決済資金を受領する趣旨で北斗化成の財務部長を兼務した大西の指示するままに山西屋食品振出の融通手形のほか、五木産業や株式会社ヒムスジャパン振出の約束手形を受領するようになり、平成五年四月三〇日の段階では、山西屋食品の北斗化成に対する融通手形の金額は帳簿上約一億七六九七万円になっていた。右のような融通手形の操作を通じて、大西は、北斗化成、五木産業、ヒムスジャパン及び山西屋食品の資金繰りを掌握するようになっていた。

また、山西屋食品は融通手形による資金協力とは別に、森本から「北斗化成が倒産すれば山西屋食品も倒産してしまう」と言われ、銀行・国民金融公庫等から借り入れた現金を北斗化成に貸し付けていた。

4  本件キャビア売買契約の締結に至る経過

(一) 原告の石原に対する本件キャビア購入資金の貸付け

原告は、知人の寺坂の紹介により食品ブローカーの石原昭夫を知り、キャビア約五トンを購入すれば末端価格で約一〇億円にもなるという話を信じて、石原に対し、本件キャビア約五トンを購入する資金として七〇〇〇万円を貸し付けると共に、右本件キャビアの転売利益を石原、原告及び寺坂で分けるという約束をした(<証拠省略>)。そして、石原は、右七〇〇〇万円をもとに本件キャビアを購入し、その転売先を探していた。

(二) 本件キャビア売買契約の締結状況

しかるところ、北斗化成の大西財務部長は、平成五年二月ころ、右石原を被告に紹介し、被告に対し、「石原所有のロシア産キャビア約4.8トンを二億円で北斗化成と山西屋食品とで共同購入して欲しい。長くても一〇日位で三億円で転売できるから一億円の利益がでる。既に転売先もある程度決まっている。」旨説明し、石原と共に、本件キャビアの購入を強く勧めた。それ以後、石原と大西は、被告に対し、本件キャビアの輸入が本当に行なわれていることを示すための輸入食品等試験成績証明書(<書証番号省略>)食品等輸入届出書(<書証番号省略>)、荷札(<書証番号省略>)、送り状(<書証番号省略>)、積戻許可通知書控(<書証番号省略>)、本件キャビア輸入交渉等に関する手紙類(<書証番号省略>)、積戻許可通知書日本語訳(<書証番号省略>)及び本件キャビアの入庫報告書(<書証番号省略>)を交付したほか、既に発注先があることを示すための国分株式会社の見積書(<書証番号省略>)及び春日井百貨センター協同組合の注文書(<書証番号省略>)を交付したうえ、本件キャビアの価値等を示すための明治屋作成の一九九〇年ソ連製キャビア価格表(<書証番号省略>)、キャビア販売のお知らせ(<書証番号省略>)及びメモ(<書証番号省略>)等を交付し、「本件キャビアを購入すれば北斗化成の資金繰りも楽になる」などと言って共同購入を強く勧めた。被告は、最初はこれを断っていたが、右各書類に基づく説明をメモ(<書証番号省略>)して聞くうちに、本件キャビアを購入すれば本当に一億円もの転売利益が得られ、北斗化成の資金繰りも楽になり、山西屋食品の経営も安定するものと信用するようになり、同年三月四日に本件キャビアを北斗化成と共同して石原から二億円で購入する旨の本件キャビア売買契約を締結した(<証拠省略>)。

5  本件キャビア売買契約締結後の状況

(一) カセイフーズへの担保差入れ

しかし、山西屋食品では、本件キャビアを購入した後もすぐにはこれを転売できずにいたところ、北斗化成の代表取締役長田から、北斗化成の資金繰りのために、カセイフーズ株式会社に対する借入金債務三〇〇〇万円の譲渡担保として本件キャビアを利用したいので、譲渡担保権者に本件キャビアの名義を移転して欲しいと頼まれ、その際に「北斗は不渡りを出してしまう。自動的に山西屋食品も倒産だ。一か月程で金利をつけて買い戻せばいい。」などと言われたため、右譲渡担保による名義移転を承諾した。そして、北斗化成は、平成五年五月三一日を返済期限として、カセイフーズから約三〇一〇万円を借り受けた(<書証番号省略>)。

(二) しかし、北斗化成は、平成五年四月三〇日、不渡手形を出して倒産し、同年五月一三日に東京地方裁判所において破産宣告を受けた(<書証番号省略>)。そのため、山西屋食品は、北斗化成に融通した平成五年四月三〇日及び五月六日決済の手形に対応する入金を北斗化成から得ることができなくなり、右各期日に不渡手形を出し、五月一一日に銀行取引停止処分を受けた(<書証番号省略>)。しかし、被告は、本件キャビアの売主石原の代理人と名乗る者から強硬な売買代金の取立てを受けたため、銀行取引停止処分を受けた後もなおカセイフーズから本件キャビアを受け戻したうえ転売して売買残代金を支払おうと考え、金融業者の株式会社シマハタから三〇〇〇万円を借り受けて本件キャビアを取り戻し、転売代金からシマハタへの返済金と手数料を支払った残りを、石原への売買残代金として支払うことにした。そして、同年六月三日ころ、シマハタが山西屋食品に対する貸付金三〇〇〇万円をカセイフーズに直接に交付し、本件キャビアはカセイフーズからシマハタ名義に移転された。しかし、その後、右シマハタは、本件キャビアが同社の所有であって、その転売代金はすべて同社のものである旨主張するに至ったため、(<書証番号省略>)、本件キャビアの転売も進まなくなり、本件キャビアの缶の一部には錆も出て、その鮮度が悪くなる一方になった<省略>。

(三) 山西屋食品の破産管財人によるシマハタへの訴訟提起

平成五年七月九日、山西屋食品が北斗化成の連鎖倒産によって東京地方裁判所において破産宣告を受けたため、同社の破産管財人になった鈴木弁護士は、シマハタに対し、本件キャビアに対する譲渡担保権設定について否認権訴訟を提起した(<書証番号省略>)。そして、平成七年七月六日、鈴木管財人とシマハタとの間で、山西屋食品が本件キャビアの所有権を有していないことを確認すると共に、シマハタが山西屋食品に和解金三〇〇万円を支払う旨の訴訟上の和解が成立した(<書証番号省略>)。

二  取締役の責任について

1  以上の認定事実によれば、山西屋食品の代表取締役である被告は、大学時代の友人が代表取締役を務める北斗化成に対し、貸付の趣旨で山西屋食品振出の融通手形を交付し、その後も自社と北斗化成の財務部長を兼任していた大西の言うままに融通手形を振り出し続け、大西が山西屋食品、北斗化成、五木産業及びヒムスジャパンの各社の融通手形を振り出し合って右各社の資金繰りをすることを放任していたものである。そして、右のような融通手形の操作は、当然に高利での手形割引を前提としているから、右高利の割引料の負担に耐えかねて、いずれは自社を含めた関係各社が倒産の危機に瀕するであろうことは、被告において、極めて容易に予想できたものと言わなければならない。したがって、被告は、代表取締役としてそのような不健全な融通手形の振出による資金繰りを控えるべき忠実義務があるのにこれを怠っていたものであり、取締役の職務執行について悪意重過失があったと言わざるを得ない。

そして、山西屋食品が右融通手形による不健全な資金繰りをしていなければ、原告は六〇〇〇万円の手形の支払を受けられたものと推認される。

したがって、被告には、商法二六六条の三に基づき、原告の受けた右損害を賠償すべき責任がある。

2  これに対し、被告は、資金を援助する趣旨で北斗化成に手形を振り出したものであって、山西屋食品が北斗化成振出の手形を利用して自社の資金繰りに利用したことはない旨主張するが、仮にそうであったとしても、商業取引の裏付けのない融通手形を振り出し続け、北斗化成等の手形決済の可否に自社の命運を委ねざるを得ないような不健全な資金繰りをしていたことに変わりはないから、取締役としての右責任を免れることはできない。

また、被告は、本件キャビアの輸入関係書類、価値に関する書類や注文書等を示されて本件キャビアを購入し、その転売代金によって真に本件各手形を決済できるものと過失なく信じていたのであり、取締役としての忠実義務違反もない旨主張するが、仮に本件キャビアの転売の見込みに関する判断について被告に悪意重過失がなかったとしても、融通手形振出による不健全な経営さえしていなければ、高額な転売がすぐに実現できなかった場合にも、本件キャビアをカセイフーズに譲渡担保として提供する必要もなかったであろうし、時間をかければ山西屋食品の本業による収益や本件キャビアの転売代金によって本件各手形を順次決済できたものと推認されるから、やはり、前記融通手形の振出と原告が本件各手形の支払を受けられなかったという損害との間には因果関係があり、被告は取締役の責任を免れることはできない。

さらに、被告は、本件キャビアは、時価一〇〇〇万円もしないような著しく廉価なものであったから、本件キャビア売買契約は錯誤無効であり、原告は右事情を知っていたから手形の悪意取得者に該当し、錯誤無効を原告に対抗できる旨主張するが、仮に本件キャビアが著しく廉価であることを原告が知っていたとすれば石原に七〇〇〇万円もの貸付けを実行するはずもなく、本件キャビアが著しく廉価なものであることを原告が知っていたものと認められないから、原告を本件各手形の悪意取得者であると認めることはできず、被告の右主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の商法二六六条の三に基づく本件請求は、理由がある。

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官齊木教朗)

別紙<省略>

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